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履物屋とジャズ屋、

二足のわらじならぬ二足の下駄を家族みんなで

通天閣より1年はやい1911年にこの地で創業。その前は別の場所で米屋をやっていたが、米騒動があり毎日必要なんには変わりないと履物屋へ転換した。大阪には現在下駄屋さんは数軒しかなくて、澤野は最古だが、職人さんの高齢化問題などなかなかなご時世だがしっかり踏ん張っている。

「おばあさんは、下駄だけじゃあかん言うてたわ」と語る4代目のご主人は、若い時から兄弟揃ってジャズが大好きで、ついには自分たちでジャズレーベルを作った。

パリにいる弟さんと協力して、新世界から世界中の良質な音を、下駄と同じように手作りで届けている。今では兼業当たり前の時代だが、当時は風当たりが厳しかった。「ほんまに、大変やったんやから〜」と旦那さんを指して奥さんは笑う。

次世代を担うのは娘さん。彼女は今日もカランコロンと、市場に軽やかな音を流している。

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街ブラにも台所にも、

うんま〜を届けるまちの肉屋さん

1910年創業。澤野さんと共に新世界市場の北の顔の肉屋さん。ずらっと並ぶ肉たちは、憧れの塊肉からベーコンなどの加工肉までなんでもござれ。

串カツや通天閣コロッケをはじめとした揚げもんはいつでも揚げたてを頂けるので、街ブラのお供にぴったり。

また、道楽ヘレカツサンドはなんと厚さ5センチもあるお肉が自家製ソースと共に食パンに挟まっていて、ガブリとやると至福そのもの。お肉屋さんがその場で作ってくれるなんて、贅沢だ。出来立てを我慢できなければ、ビールと共に小さなイートインスペースで。

店裏の堺筋では息子さんが本格フレンチレストランを営んでおり、家族で地域の胃袋をガッツリ掴んでいる。

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好きすぎて、気がついたら

大阪名物ヒョウ柄おばちゃんに

ずっとアパレル関係で働いてきたおかんに、好きなことして過ごして欲しいと息子さんが作ってあげたお店。

初めは着付けの経験を生かし浴衣などを扱っていたが、ふと、娘時分からずっと好きだったヒョウ柄を集めることに目覚め、そこからはアニマル柄三昧。ヒョウに虎、チーター、、集め始めたらキリがなく、店内には猛獣がひしめいている。

「ヒョウ柄なんて、悪目立ちするし」と初めは敬遠していたマダムたちも、おかんの歯に衣着せぬ弾丸トークに押され「着てたら元気になる!」とすっかり虜に。

それは、猛獣たちのパワーしかり、きっと彼女の元気も注入されているから。「人と、ヒョウ柄が大

好き!」な店主のもとには今日もガオーッと戦闘服を手に入れるため、全国からおばちゃんが集う。

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糸と針から始まった、

人々を暖かくくるむ衣服屋さん

1915年創業。元々は、行商で糸と針を売り歩いていたが、戦後、キャラコ生地などを扱うようになり、さらに肌着や衣服、毛糸などを扱うようになり、関連店を親族で分担していた。

現在のご主人の叔母にあたる名物おばあちゃんも、近年まで手芸屋さんを同じ市場内で営んでおり、昔は布団も扱っていた。

昔は着物用の肌着、あづま衿や足袋もよく売れていたが、次第に靴下やTシャツ型の肌着が主流に。

インバウンドブームの際は、良質な日本製肌着を求めて多くの外国人観光客が訪れた。中でも印象的だったのが、モンゴルの人があったか肌着を爆買いしたこと。着るものを通して、いろんなことが見えるものだ。

現在は肌着、婦人服、紳士服を扱っていて、若者が取り入れたら他と差をつけれる、そんな個性派おしゃれさんがくすぐられるラインナンップだ。

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お茶に厳しい太閤さんが育てた茶文化を守る、

まちのお茶屋さんは世界へ向けて

お茶の名所、宇治にて1868年創業のお茶屋さん。お店に並ぶ大きな茶筒は、本当に使われていたもの。

たった300円で抹茶立て体験ができるのだが、これが海外旅行客に大人気に。京都だったらうん十倍もするだろうに、和菓子もついてめっちゃお得!

この店のすごいところは帰国した彼らが口コミで広め、その周辺の人々や、本人がリピーターとして戻ってくることだ。なので、店内には世界各国のお客さんの写真がずらっと。

お茶っ葉は、煎茶、ほうじ茶、、各種を日本全国から良質のものを選んでいる。やっぱりスーパーで買うお茶っ葉より、専門店のが断然旨い。

自分で美味しいお茶が淹れられるって、嬉しいもんだ。

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大人も子どもも、

好奇心がふくらむストリートなアート船

もともと絵描きの店主さんが、縁あって新世界市場のこの場所を紹介されたのが始まり。

かっこいいデザインのTシャツ、表紙から中身を想像するのが面白いZINE、

レコードと思いきやのポスターは、ジャケ買いするようにディグれるし、、、セレクトされたアーティストの作品やグッズがあらゆるところに展示されている。

夏にはDIYお化け屋敷が登場し、市場の雰囲気と相まって恒例行事となっている。隣には「MATONARI」というスペースをオープンし、気軽にいろんなことを体験できるワークショップを続々企画。

また、よく見ると懐かしの昭和なおもちゃなんかもあって、カバーする年齢層は意外と広いかも。

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笑顔になる発見がある、

人々の暮らしに寄り添い続ける日用品店

元々は鶏肉屋だったが、戦後、荒物・金物屋、今風に言うと日用品店へと転換した。1917年くらいからやっていると聞いている。

昭和の暮らしをそのまま並べたような店内には、昭和レトロまんまの食器たちから、プロも求める調理器具、掃除用具、なんでも鑑定団に出てきそうな年代物まで、眺めているととにかくウキウキしてしまう。

人々の「あれある?」に応えつづけた、今では貴重になったこのタイプのお店、わざわざ地方から通うお客さんがいるのも頷ける。

最近では店先に奥さん特製のハンドクラフト製品と、八尾の美味しい野菜(日曜日限定)、さらには「ヒロコダスイッチ」なるものが...道ゆく人はつい笑顔で足を止めてしまうこの装置、「ちょっとでもこの市場が心に残ってまた来てくれたら嬉しいな」と奥さん。

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旨味は人柄から出てるのかもしれない、そんな漬物を

1914年から親族経営で、今のご主人・大門さんが継いだのはもう50年ほど前のこと。市場の歴史なら大門さんがよう知ってると皆口を揃える。

昔の漬物は朝漬けて夕方には食べれるよう、塩辛かった。時代と共に漬物の塩分は抑えられ、扱う野菜も変わってきた。今は全国区で有名な泉州水なすは、はじめは緑色で薄皮だったなんて、ご主人に聞かなければ知らなかった。

四季折々の野菜の漬物をかじると、日本人でよかったとじんわりする。

極寒の中でもさらに冷たい水で丁寧に手洗いされ仕込まれる漬物たちは、ご主人の長年培った勘と技術、そしてきっとその手から魔法の旨味成分が出ているから、こんなにも美味いのだ。

味噌も、お母さんから主婦のお料理アドバイスなんかをもらいながら、用途別に選ぶのも楽しい。

次の魔法の味の担い手は「父親が認めてくれたら」息子さんに継承される。家族の味、いや、地域の家族の味はこうやって発酵してゆくのだろう。

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「より広く」の親子のDNAは今確実に、血筋も越えてこの市場に拡がっている

戦後間もない昭和22年に現在のご主人のお父さんが丸松青果として開業したのち、

米雑穀商の豊年食品、えびすや酒販、えびす寿司や花屋も相次いで市場内に開業し、松本家の気っ風のよい3人の息子たちは兄弟・家族で協力して継いできた。

のちに寿司屋は惣菜屋「えんむすび」に転身。その理由は「うちの料理好き奥さんのこんなに美味しい手料理を、家族で独り占めするのが世間様に申し訳なかった」から。

その味は一度食べたが最後、こんなに家庭的で心身沁みるお弁当がこんなお手頃で買えるなんて、、、あれからどの弁当屋でも、えんむすびと比べてしまい、物足りない。

現在休業中だが、復帰を望む常連の声は多い。

大家としては「毛色の違うものを市場に」と、斬新な若者たちを率先して迎え入れた。市場の皆さんはもちろんだが、このご主人のその懐の深さは特に天下一品だ。

食に関するあらゆる商売を通し「大阪の皆さんにはほんまにお世話になった」とご主人。その口癖は、親父が広げた大きな円(縁)を、家族で結んできた何よりの証拠だ。

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あらゆるイマジネーションが飛び交うスペース、開けてみたら...

東日本大震災後、地元の復興の手伝いをしたのち、それでも何かをせねばとバックパック一つでやってきた気仙沼出身の店主。

その何かは、祭だった。己をまつる「セルフ祭」は日本の奇祭一覧に並ぶようになり、毎回あらゆる物事が起き、あらゆる神が降り立った。

祭の若者たちは市場の空き事務所を拠点にするようになり、やがて皆で店に作り替えた。大家さんの兄であった先人に敬意を込め、遺っていた看板の名を継いだ。

飲み屋、イベントスペース、イタリアつまみ、ジビエ、ホルモンバーガー、セルフたこ焼き、お粥と中華そば屋、屋根裏BAR、ありとあらゆる商売の形を実験し、ありとあらゆる人種が何かを求めてやってきた。

こんなにキャラ立ちする空間だが、なぜか落ち着く。それは、市場の若手としてちゃんと人生の先輩方と付き合いながら、個性的な客を相手にしてきた店主の手腕かもしれない。

だから色んな人の拠り所となってきた。近々、写真とシーシャの店になるらしい。

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実家のファンシー文具屋さん跡に、

息子がピザ窯とともに帰ってきた

市場で育ったオーナーさんは、城東区で20年やっていた同名のイタリア料理店を2020年にこちらへ移転。

子どもの頃とは町の様子はすっかり変わっていたが、やっぱり気取らないtavola calda(直訳すると暖かいテーブル、大衆食堂の意)が馴染む個性豊かな町だと再確認。

珪藻土釜で焼くピザはモッチモチ、ゆったりとしたお店と開放的な市場の雰囲気と相まって、気分はイタリア、buona ブォーナ!

取材中にお母さんが帰宅されたのだが、商売の形は違えど、この親子の笑顔はずっとここのトレードマークだったんだなぁと、家族の歴史に温められた。

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八百屋の息子が始めた、

新世界の小さなバリ

現店主のおじいさんが、戦後、この場所で八百屋を始めた。小さな頃は近所の店の子たちと市場で遊びながら育った店主。

他の子たち同様、幼い頃から家業の手伝いをして、家族団欒の時間がないほど忙しく、特に大晦日は大忙しで子供でも11時くらいまで働いたのも今となっては懐かしい思い出だ。

高校くらいからはサーフィンに目覚め、その歴はもう40年以上。サーファーの聖地のバリにも通い詰め、どうせだったら波乗りがてらに仕入れもしようと、実家の八百屋跡をバリ雑貨屋へ改装した。

職人さんが作る、バリの籠バック、アタバックは、作りが様々で精巧なものは特別な職人さんしか作れず、値打ちがある。

手作り品は、一つ一つ個性があり、少しいがんでいたり、均一製品にはない質感が愛しい。

大好きなバリの島と手作りの温もりを広めたいと、インドネシア語で「小さなバリ」という意味の店名を付けた。

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みんなの甘い思い出をこしらえてきた、

和菓子屋さん

1914年創業。もともとは干菓子などのお菓子も扱う砂糖屋さんだったが、御年99歳の先代が東京の和菓子屋で修行したのち、自家製の菓子をお兄さんと売り始めた。

洋菓子も色々あった。桃の節句には菱形のひなケーキ、バレンタインにはチョコに愛のメッセージを描いてあげるサービスが大人気だった。定番ホカホカ赤飯は、昔は土地柄、肉体労働のおっちゃんたちが晩ご飯用によう買うてったし、ここらの習慣で厄年には厄落とし饅頭を本人が近所の人に配ったり...

地域の生活と時代の流れに共鳴して色々こしらえてきた。今でも季節の桜餅や柏餅、プリンやスイートポテトは心にストンとおさまる懐かしい味。隠れた名品はつきたての小餅。そのままかぶりついてもやらかくて美味しいので、おやつにもおかずにもいい。

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屋台をモチーフにした鉄板居酒屋

でっかい花火のパネルが迎えてくれるこちら。色とりどりの提灯と賑やかな祭り囃子のBGMで、気分は夜店めぐり。

お店のスタッフも、若さ溢れる活気ある店。

串カツ、焼きそば、鉄板焼き、祭りといえばのメニューで食って飲んで、楽しく過ごせそう。

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看板娘たちのまあるい笑顔が何より美味しい、

昭和のパン屋さん

現役のお母さんが旦那さんと二人で始めたパン屋さん。創業当時は仕入れたパンを並べていたが、やがてリードオーブンを導入し、自家製パンを並べるように。その当時は朝の3時から幼子を背負いながらの営業だったが、今ではその子供たちがパンを作り、接客を手伝っている。

パン屋は鮮度が命なので、その日のうちに売り切るのが基本。仕込みと売る量のバランスの見極めは、シビア。いつも朗らかで優しいお母さんだが、世の中の有名パン屋さんがテレビに映った時は、やっぱりその内情を同業者の目線で見つめてしまう。

焼き立てのコルネにメロンパン、ジャムパン、、たっぷりクリームの幻のクリームパン、、最先端のお洒落なパンもいいけど、これこれこの味の変わらぬパンを食べるのは、また別物の特別だ。

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70年以上の歴史を持つ、ホルモン屋

新今宮駅高架下の名物ホルモン屋さんが2021年に新世界市場に移転。

店先でいつも店主と共に迎えてくれる鉄板は前身のお店から持ってきた、いわば相棒。

何十年ものの味が染みた鉄板で焼かれたホルモンは、定番焼きからトマト味、うどんまで、様々なバリエーションが味わえる。

最近は常連のおっちゃんに混じり若いお客さんも増えている。

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ガラス作りとコーヒー焙煎が体験できるカフェ

オーナーがこだわり抜きハンドピックした豆を自家焙煎したコーヒーは体に優しく、美味しい。

また、店頭にはガラス製作コーナーがあり体験もさせてもらえるし、様々なハンドメイドガラス製品も購入できる。

コーヒーとガラス、どちらもここで情熱を燃やしています。

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